49 ページ49
＊
ADさんからある程度聞かされてはいたが、状況はこちらの想像を遥かに超えて、悪い。
たまらず息を吐いて目を瞑ると、言いにくそうに阿部さんが口を開いた。
「大ごとにしたくなくても、実際Aさんは怪我して、警察だって来てるから……おそらくそれなりの対応にはなると思う」
それなりの対応、ね。
理解している。
当然、ある程度腹は括った。
だけどどうしても気掛かりなことがある。
半ば引き摺られながら現場から連行された、彼女の今後についてだ。
「ねえ阿部さん…突き飛ばされたのは本当だけど、機材置き場に突っ込んだのは自分のせいなの」
襲ってきたのは彼女だとしても、転んで腕を切ったのは私の不注意である。
これで何度目になるか分からない話を阿部さんに伝えた。
彼女を守りたいわけじゃない。
だけど心のどこかで、所詮他人だからと切り捨てられない私がいるのだ。
取り押さえられ、「こんなはずじゃなかった」と目を真っ赤にして悲憤する彼女の表情が、今も瞼の裏にこびりついて離れない。
「なんで庇うの？」
そんな私に、阿部さんは信じられないほど優しくなかった。
そもそもなぜ彼が目に見えて機嫌を悪くしているのかさえ、実はあまりよく分かっていない。
なんでそんな言い方するのさ。
詰め寄りたい気持ちで隣に視線を送るが、運転中の彼がこちらを向くことはない。
まあこっちを見られても、訝しげな態度に怖気付いてしまうんだろうけど。
「庇ってなんか……」
庇ってなんかない。
そう言いかけて、やめた。
また嫌な気持ちになりそうで、コートの上に乗せた拳と一緒にぎゅっと握り潰した。
曖昧にしか見えない私の態度は、あの温厚な阿部さんを確実に苛立たせている。
その証拠に、さっきからハンドルを握る彼の指先は、白くなるほど力がこもっていた。
「私は事実だけを話すよ」
「…そう」
「あの人のことは関係ない。本当のことを伝えなきゃ、フェアじゃないと思ってる」
「そうだね。局内だから監視カメラの映像も揃ってるし、だから、それを踏まえての事実確認の事情聴取なんでしょ」
私の宣言に対し、阿部さんの返事はひどく冷淡で、単調で、感情の見えないあっけないものだった。
鳩尾のがキュッとする。
「あの人が、変な濡れ衣を着せられないならそれでいいから」
そう呟いた私に、また彼女のことを庇ったのだと阿部さんは思ったに違いない。
「お人好し」
言い捨てた彼の周りの空気が、ピリッと張り詰めたのを感じた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 810人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
