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「最高だったな…店内も、雰囲気も、ナポリタンの味も」
多幸感、とはこのことを指すのだろう。
窓に寄りかかって遠くを見るような目でうっとりと呟いた阿部さんは大変に色っぽく、そんな雰囲気なんて微塵も醸し出していないはずなのに勝手に胸がときめいた。
阿部さんのことになるとあまりにも自分がチョロすぎて、もはや不整脈を疑うほどである。
「めちゃくちゃ美味しかったですね」
「ねー。Aさん誘えて良かったぁ」
「えへへ、ありがとうございました」
「ご馳走様でした」と改めて伝えれば「いえいえ」といつものように返される。
この人はなんでこんなに優しいんだろう。
そんなことを思っていたら、
「また俺とデートしようね」
なんて、とんでもない一言。
言葉の意味を理解し、思わず「えっ」と声を漏らして振り返る。
どんな顔をして言ったのかと思えば、阿部さんは満腹で眠くなったのか、とろんとした表情で窓に体を預けてニヤつきながらこちらを見ていた。
なんだ、揶揄われただけか。
そう思って無視してやっても良かったのだが、私は少し迷ってから、素直に「良いですよ」と言ってみた。
阿部さんは驚くこともなく目を細めると、ただ満足そうに頷いてくれた。
「とりあえず、仕事向かいますね」
「そうだね。お願いします」
いまから向かえば、ちょうど良い時間に着きそうだ。
エンジンを掛け、車を出す。
満腹になるまで食べたせいだろうか、道中、頬のてっぺんがやけに熱く感じたので、阿部さんに断って窓を少しだけ開けさせてもらった。
時間通りに現場に入り、担当のスタッフさんに挨拶を済ませた私たちは、その場で二手に別れた。
阿部さんは別のスタッフさんの案内の元すぐにメイクルームへと向かい、私はすれ違う現場のスタッフさんにできる限り挨拶をしながら用意された待機場所へ。
「朝ごはんにおにぎりのご用意ありますけど食べますか？」という顔見知りのスタッフさんの誘いを丁重に断り、ペットボトルのお茶だけ受け取る。
おそらく阿部さんもメイクルームで同じことを聞かれているんだろうなと思ったら、ちょっとおかしくなった。
スタッフさんが待機場所のすぐ横を通り、挨拶をしながら緩んでいた表情を慌てて引き締める。
呑気なことをしている場合ではない。
全体の準備が整うまでのあいだ、溜まっていた事務作業をしなければ。
隅っこに陣取り、持ち込んだノートパソコンを開くと、仕事モードへとスイッチを切り替えた。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
