ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ37)

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縫合はものの三十分程度で終わった。

医師に感謝の言葉を述べると、器具を片付けながら人の良さそうな笑顔で「よく頑張りましたね」と褒められる。
麻酔のおかげで痛みもなく、私としては奥歯を噛み締めて耐えるような感じでもなかったけど、体の打撲や細かな擦り傷、それから二の腕から肘に掛けて十センチちょっとの傷を十五針縫う処置は大怪我の部類に入るらしい。
だとすれば手際の良さといい、物腰の柔らかさといい、この医師が担当してくれたのは正直アタリだったと思う。

大怪我って…原型を留めず、ぐちゃぐちゃになるような凄惨な状態のことを指すんじゃないんだ。

学びと、戸惑い。

なんとも言えない気持ちごと隠すように、傷口に白く清潔な包帯が巻かれていく。
ちなみに着ていたブラウスは裂けたり血が滲んでいたりと、ホラー映画さながらの状態になっていたので縫合するタイミングで捨ててもらった。
今はブラウスの下に着ていた黒い半袖のコットン素材のインナーに、肩から羽織る形でジャケットを掛けている。
たまたましっかりした生地を選んでいたおかげで、見た目に肌着っぽさが出ないのは助かった。

包帯を巻くのも初めての経験だ。
こんな感じなのか…と物珍しげに観察していると、「事情が事情でしょうから、診断書や必要な書類はいま準備しますね。少し時間をください」と医師に言われ、一旦廊下のベンチで待機することになった。

このまま処置室のベッドに寝転がって過ごすことも出来ると言われたが、いかんせん、ここまで会社にもチーフマネージャーの田ノ上さんにも連絡できないまま担ぎ込まれたワケで。
せめて「無事です」と、それだけでも伝えたくてしょうがなかった。

診察室兼処置室を出ると、廊下の壁に張り付くように設置された横長のベンチに座っていたADさんが駆け寄り出迎えてくれる。
私たちの頭上で救急外来と書かれた緑色の看板が、クリーム色を基調にした廊下に煌々と照らされている。
救急隊の人はとっくにいなくなり、周囲に人影もない。
というか、今日が平日の割には病院全体が妙に静まり返っていた。

「もう大丈夫なんですか？」
「はい、お騒がせしました。いま先生に診断書とか作ってもらっているので少し時間が掛かるみたいです」

ほら、と縫いたての、包帯が巻かれた二の腕を見せつければ、ADさんの顔がたちまち痛々しそうな表情に変わる。
緊張を解してあげるつもりだったのだが、なんか申し訳ないことをした。