ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ36)

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「怖くないんですか？」

縫合中のこと。
ストレッチャーからベッドに移動させられた私は楽にしているようにと言われたけれど、どうにも傷口が気になって仕方がなかったので、少しだけ体を起こして皮膚に針が通されるところをまじまじと観察していた。
ぷつりと針が皮膚を突き破るたびに注射の時の感覚を思い出した背中がぞくぞくと粟立つ。
でも、痛くはない。
食い入るように見つめていたら、医者に苦笑された。

「怖いんですけど痛くないので…それにこういうの、あんまり見る機会がないからつい」

ちなみにここまでずっと親身に付き添ってくれたADさんは、「僕ちょっとこういうのダメなので、外で会社と連絡とってます」と縫合手術が始まる前に顔を青白くしながらフラフラとした足取りで部屋を出て行ってしまった。
恐怖心よりも好奇心が勝ったのだと顎をかきながらへらりと誤魔化すように笑ってみせると、医者は手を動かしながら、メガネの奥の知的そうな目をぐっと細める。

「強い人なんですね」

そう言われ、勢い良く医者の顔を見上げてしまった。
瞬く間に表情の消えた私に、医者の不思議そうな視線がぶつかる。
首を傾げられ、マズイと思い慌てながら「そ、そうですねぇ〜」とその場しのぎの返事をすると、また縫われている傷口に集中するように視線を落とした。

──強い人
なんでもない医者の一言が私の中でぐるぐると回っている。
見事な手さばきで皮膚が縫われていく様子を観察しながら、だけど、頭では別のことを考えはじめていた。

そういえば、そうだった。

阿部さんと出会うまで、私はずっと「強い人」だった。
不器用な生き方のまま、人には甘えず、誰からの助けも必要としてはいけないと思い続けていたから、それが当然のことだと思っていたのに。

阿部さんは私のことをそんな風に扱ったことはない。
むしろ強いどころか甘え下手で、頑固で、手の掛かる妹だと思われている節がある。
最初はそれが恥ずかしくて、むず痒くて、嬉しくて…違和感しかなかったのに。

彼と過ごす時間が長くなればなるほど、いつの間にか「強い人」と言われることの方が、違和感だと思うようになってしまったなんて。

会いたいな。

この状況を無視して生まれた感情にきゅっと胸が苦しくなった。

いつもみたいに、ほわほわした笑顔が見たい。
ちょっとだけ眉を下げながら「もう、しょうがないなぁ」と私を甘やかそうとしてくれる阿部さんに会いたくて、恋しくてたまらなくなった。