ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ33)

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苦しい。
同情するつもりも、彼女の気持ちを理解するつもりも微塵もないはずなのに、胸が詰まり、勝手に切なさが込み上げてくる。

鼻の奥がツンとして思わず表情を歪めると「なんでお前が」という顔で彼女が訝しがった。
それは当然の反応だった。
私たちの間に言葉はない。
喧騒が全てをさらって、きっとここで何かを言ったところで彼女に届くわけもない。
元より伝われ、とは思わなかった。
だけどこのとき、私たちの間には確かに通じ合うものがあった。

間も無く、彼女は泣いていた。
薄く開いた唇を、肩を震わせ、はらはらと静かに大粒の涙をこぼしていた。

彼女だってここまで大ごとになるとは思っていなかったはずだ。
だけど結果として私は台車にぶつかり怪我をした。
言い訳はできない。
時間が経つにつれ、興奮が収まるにつれ、もう引き返せないところまで来てしまったのだと、自責の念に駆られた彼女の顔は青白くなっていった。

事態は収束するどころか、どんどん大きくなっていく。
幸運にも誰かが番組スタッフを呼んでくれたらしい。
先ほどまでアテンドしてくれていたADさんが私の変わり果てた姿に大いに狼狽えながら、慌てて駆け寄ってきた。

すぐに阿部さんの安否を確かめる。
彼はこの騒動など知らずに、楽屋で私の帰りを待っていると聞き安堵した。

ちょうどそのタイミングで、警備員に取り囲まれた彼女が無理やり立たされ、移動させられていくのが見えた。
彼女は抵抗することなく、項垂れたまま引き摺られていく。
「救急車、後もう少しで来ますからね」と誰かが私を励ました。
その言葉はもちろん聞こえていたが、それに構う余裕はなかった。
体を捩り、私は咄嗟に叫んだ。

「あの！お願いします、絶対に彼女を乱暴に扱わないでください。どうか冷静に、事実を確認してほしいです」

勢いよく振り返る集団。
驚いたような顔をする人もいれば、「何言ってんだ」と困惑する人もいる。
聞こえているはずなのに、私の言葉に返事をしてくれる人は誰もいなかった。
肝心の彼女の姿さえ見ることも出来ない。

遠くに救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
喧騒をそのままに、事態は収束に向かおうとしていた。

待ってくれ、彼女はどうなる。

サイレンの音が止まり、ほどなくしてスタッフに誘導されながら救急隊員とストレッチャーが運ばれてくる。
動かない右腕と離れていく警備員の背中を交互に睨みつけながら、私は彼女と同じように力なく項垂れるしかなかった。