ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ32)

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こちらが血眼になるまでもなく、それはすぐに見つかった。

私の右側やや後方。
ギリギリ視界には入らず、そして先ほど警備員が何人も向かった場所。
距離にして十メートルほど。
そこに、あまりにも不自然すぎる人だかりが出来ていた。

男性たちが取り囲み、揉み合うように蠢く中心部。
数人の男性が覆い被さるように折り重なっている一番下に、身動きが一切取れないようにうつ伏せに取り押さえられている彼女がいた。

男性の足の隙間から見えた彼女は、少し前までの風貌と大きく変わっていた。
阿部さんを意識して綺麗に結んだ髪も、用意した白いワンピースも、化粧も、なにもかも全て乱れたり、汚れたりしている。
上からの怒号と圧力に抵抗するように身悶えた頬には土埃がついていた。
だけどそんなことをしても逃げられるはずも、動けるはずもない。
悔しそうに唇を噛み締めた女と目が合った。

まさに、苦悶。
般若という存在を体現するかのように、彼女の表情は怒りと憎しみに満ちていた。
自分でぶつけたのか、それとも取り押さえられた時に切れたのか、唇の端にはうっすら血が滲んでいる。
惜しみなく私に注がれる憎悪。
彼女と会話しながら時折感じていた圧の強い、刺すような視線の正体は、私への隠しきれない殺意だったのだ。

そしてそれを理解すると同時に、直感的に、彼女が例の履歴書を送り付けてきた張本人だと結論付けた。

やはり履歴書は出鱈目だったのだ。
聡明で快活そうな、自信に満ち溢れていた証明写真とはちっとも似つかない顔。
こうなるとどこまでが本当のことかなんて判断できないが、ほぼ全て──私に対する感情以外の部分は嘘偽りだと考えるのが妥当だろう。

最初にこの話を聞いたとき、もしも阿部さんやメンバーに迷惑が掛かるようなことがあれば、相手を張り倒してやろうと思っていた。
誰かが止めに入ろうが「こんなことしやがって」と馬乗りになってでも二、三発はぶん殴ってやるつもりだった。

実際にこうして被害に遭い、怒りは爆発する寸前まで増長していた。
だけど。
だけど、今の彼女の姿を見たら、そんな威勢も急速に冷やされ消え去ってしまう。

悲壮感に瞳を揺らし、見えない何かにもがいているその姿が、あまりにも──

あまりにも、少し前までの私と似すぎているのだ。

だからどうしても他人事には思えなかった。
バカだと言われるかもしれないが、被害者と加害者という、そんな単純で簡単な話ではないように感じてしまった。