ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ30)

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百歩譲って救急車を呼ばれることはしょうがないとしても、先に阿部さんの安否を自分の目で確認したかった。
それから散々危惧していた田ノ上さんにだけでも、この状況を知らせておきたい。

あなたの予想、大当たりでしたよ…と。

とにかく誰でもいいからそこのリュックを取って欲しいと、声をあげようとした時だ。
数メートルしか離れていない関係者口の扉が荒々しく開いたかと思うと、中から十人ほどが勢いよく飛び出してきた。

私も男性スタッフもびっくりしてそっちを向く。
先陣を切ったのは、屈強な警備員たちだった。
普段はエントランスに立ち、愛嬌よく「おはようございます」と元気な挨拶で出迎えてくれる彼らが、ものすごい剣幕のまま、目で追い切れないほどの速さで私たちの横を通り過ぎる。
かと思えば、その先で捲し立てるような怒号があがった。

若干の恐怖を感じつつも視線が追いつくよりも先に、警備員の飛び出したあとから数人のスタッフさんがパタパタとこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

私と一緒にいる男性スタッフが表情を緩めたかと思うと、泣きそうになりながら「こっちです」と呼びつけたあたり、どうやら彼の知り合いらしい。
駆けつけてくれたスタッフはなぜか手に大量のタオルを持っていて、私を見るなり痛々しい表情に顔を歪ませる。
すぐに一人の女性が私を支えている男性と場所を交代すると申し出た。

「止血しますね」

しけつ？
意味を理解する間もなく、右腕を圧迫される。

「っあ゛ぐ…！」

途端に今までとは比にならない痛みが生まれ、悲鳴のような声が出た。
その部分に目を向ければ、飛び込んでいたのは白いタオルに滲む色鮮やかな、赤。

「機材で腕を切ってるんです」

はえ、という間抜けな声のあと、また襲いかかる痛みに目を見開き喘ぐ。

むしろなんで今まで気が付かなかったのか、不思議でしょうがない。
視界の下の方。
倒れ込んでいるコンクリートの床にゆっくりと広がるそれは、紛れもなく血だった。
辿ればそれは、私の右腕から静かに流れている。
ヒュッと喉が鳴り、全身から血の気が引いていく。

倒れ込んだところがまずかったのだ。

撮影機材を守る硬質なジェラルミンケースの角が、こちらがジャケットを羽織っていたにも関わらず、それをいとも簡単に突き破り、私の皮膚もろともぱっくりと切り裂いたらしい。
そして切り口が運悪く血管に当たってしまったのか、小さな血溜まりができているほど出血していた。