ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ29)

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「大丈夫ですか」と焦ったように繰り返す二十代くらいの男性の首からは、吉野さんが持っているものと同じ水色の紐の社員証がぶら下がり、彼の細かな動きに合わせて揺れていた。
まだ少し目が霞んでいて名前まで確認できなかったが、ここのテレビ局のスタッフさんで間違いない。
そんな彼はこちらが逆に「あなたの方こそ大丈夫ですか」と聞き返したくなるほどの顔面蒼白っぷりだった。
私が目を覚ました事で眉を下げるほど安堵した様子だったが、しかしまたすぐに表情は固くなる。

「いま救急車呼んでますから」

声は出せず、だけど言葉に目を見開いて驚いた。
背中が粟立つような焦りが生まれる。

それほどの事だろうか。
それほどの大ごとになってしまったのだろうか。

そもそも私は一体どの程度の時間意識を飛ばしていたのだろう。
……まずは状況を確認したい。

目線だけを動かし、ゆっくりとあたりを見回す私に気が付いたのか、男性がもはや口癖になりつつある「大丈夫ですか」という声と一緒に上半身を少しだけ起こして支えてくれた。

「っあ゛、」
「む、無理しないほうが良いですよ」

喉の奥から野太い悲鳴があがる。
なにこれ、めちゃくちゃ体痛いんだけど…！

無理じゃないですと返事をするどころか、口の端を持ち上げるだけの愛想笑いすらできなかった。
今の私は人の介抱なしではコンクリートに打ち付けた体をどうする事もできず、どこかを動かそうとすれば顔が歪むくらいの激痛が走るポンコツだ。
無事ではないと悟ったが、それでもこの状態は一時的なものだと信じたい。

痛みを呼吸で噛み殺し、大きく二回ほど深呼吸をする。
落ち着いたところで周囲を見渡してみると、これがどうにも…何もありませんでしたと説明するには無理があるほど、惨憺たる有様だった。

近くにあった台車は壁から離れたところで横倒しになり、きちんと積まれていた機材は一つ残らず冷たい床に散らばっている。
機材のなかにはジェラルミンケースから露出した状態で放り出されているものまであった。

その中に見覚えのあるものが一つ。
女にはっ倒された時に思わず手放してしまった私のリュックが、幸いにもすぐ近くに転がっていた。
その中にはケータイの他に会社から支給された高価なノートパソコンも入っていたが、おそらく衝撃からして、そっちは使い物にはならなくなっているはず。
「弁償しろって言われたらやだなぁ」と思いながらも、いま優先すべきはそんなことじゃない。