23 ページ23
＊
「じゃあ私もそろそろ仕事に戻るね。近々、免許取れたお祝いにご飯行こう！」
「うん。ありがとね、また連絡する」
にこやかに手を振りながら颯爽と局内に戻っていく彼女の背中を見送るのと同時に、会場の規制退場が始まった。
数名のスタッフがステージに上がり、手慣れた様子で集まったファンに指示を出していく。
うちわやボードをしまい、手荷物をまとめながら指示に従う集団に大きな混乱はない。
それなのに、まだたくさんのファンが残っているその方向へ目を向けた途端、無意識にあの証明写真の顔がどこかに潜んでいるんじゃないかと探してしまう自分がいた。
もしかしたら、
万が一、
そんな不安だか恐怖だか好奇心だか…自分ですらはっきりとしない、煩わしい感情に取り憑かれるのは馬鹿馬鹿しいと思いつつ、無尽蔵に蠢く集団から目が離せない。
まったく、嫌になる。
一つ言えるのは、やっぱり阿部さんに履歴書を見せなくて正解だったということ。
小さく頭を振った。
生放送では何事もなかったのだから、気持ちを切り替えよう。
このあと阿部さんと合流したのちにどこかで休憩を挟んで、事務所に戻って打ち合わせに参加しなければ。
やることは、たくさんある。
撤収するスタッフの数も、ファンの数も次第にまばらになり、先に屋内に入った阿部さんの後を追おうと踵を返したときだった。
「──阿部さんのマネージャーさん…ですよね？」
ふと誰かに呼び止められた。
「あ、あの、突然声かけてしまってすみません」
マネージャーか、という問いには答えず、ひとまず声を掛けられた方向に体を向ける。
関係者出入り口のすぐ近く。
出入り口といっても、正面玄関のように立派なものでなければ、正式なものではない。
スタジオや、あるいは建物の屋内と屋外との出入りを繋げるための、簡易的な鉄の扉である。
ドアの近くには認証チップの組み込まれた社員証やゲストカードをかざす部分があり、各々それを使って自由に出入りするようになっていた。
このような関係者出入り口は複数存在しているが、私が使おうとしていた場所は今日の収録で出演者の出入りに使われるという事で、普段はないプラスチックのフェンスで仕切られている。
とはいえあくまでも境界線としての役割でしかないそれは、私の胸あたりの高さまでしかなければ、子供の力でも簡単に動かせてしまうようなもの。
そんなフェンスのギリギリのところに立ち、声を掛けてきたのは一人の女性だった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 810人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
