ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ12)

今日:161 hit、昨日:175 hit、合計:164,333 hit

12 ページ12

＊

脅迫という背中に虫が這うような気味の悪い文字を眺めたところで現実味はなく、この時点では恐怖よりも驚きや混乱といった不審感の方が強かった。
しかしながら送られてきた長編小説かと見間違うほどの文字数を有したメールを読み進めていくうちに、やむを得ず、私の置かれている状況を理解せざるを得なくなる。

この話を理解するにはまず、二年ほど前まで遡らなければいけない。
二年前の夏頃、会社の人事部宛にある一人の女性から履歴書が送られてきた。

会社の採用ページを介して中途採用募集に応募してきたその人物は、SnowManの、阿部さんのファンだった。
本人はひた隠しにしていたようだがファンクラブにも入会歴があり、住所やその他の個人情報などは会社が照会済である。
ファンクラブ入会の有無に関わらず、正規のルートを踏んできちんと応募されたものだから会社も一度は選考にかけた。
しかし彼女が希望したタレントのマネジメント業務を行う部署は男性しか採用しておらず、そのことはこの会社を受けるものであれば暗黙の了解であり公然の事実だったため、当然期待に沿う結果にはならず、書類選考の段階で不採用として処理されたとのこと。
普通なら、話はここで終わるはずだった。

ところが彼女は懲りることなく、一定期間を開けたのちに──田ノ上さんが把握しているだけでも、少なくとも五回以上は──履歴書を送り続けているのだという。
それも毎回、タレントのマネジメント業務の部署を強く希望する形で。

有名タレントを多数抱える大手芸能事務所として、実はこの手の話はそこまで珍しいことではないらしい。
妄信的に、或いは病的に、特定のタレントを信仰し続けた結果、個人の中に燻っていた何かが暴走して道を踏み外してしまうことも少なくないそうだ。
例えばSNSでの虚言妄言然り、ストーカー行為然り…本人も気が付かないまま、一般的なファンから大きく逸脱してしまう。

彼女もそのパターンだった。
履歴書は回を重ねるごとに、志望動機や自己PR、長所などの項目欄の文章が目に見えて荒くなり、ついには会社の経営方針に対する批判や「なぜ私を採用しないのか」といった内容の感情的な言葉も増え始めたことで、会社側も彼女を『要注意人物』として認識していたとのこと。

長らくのあいだ会社はどうすることもできず、こう着状態だった。
そんな時、ある人物の登場により事態が大きく動き出してしまう。

──それがつまり、私というワケだ。